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(2013/03/26)

これぞ世界に届け!“和”の音【信州ジャズ】 ~レコーディング物語~

昨年末、満を持してリリースしたアルバム『Field / Sayuri Isatsu』は、もうお聴きいただけましたか? 自然に恵まれた信州・長野の空気感を取り入れた、この新しい音楽を【信州ジャズ】と銘打ち、各方面で注目されています。
とにかく「音が、めちゃくちゃ良い!」との感想が多数。また「これほどまでに、はっきりと風景が見える音楽があるのか、と衝撃を受けた」、「なんとも言えない透明感と切なさと……そのまま泣きそうになってしまった」という声も。実際に信州まで行って、車でCDを流しながらドライブされた方々もおられるようです。「うーん、これぞ信州ジャズの醍醐味!」

【信州ジャズ】という言葉も少しは浸透してきたように感じていますが、「それって、どんな音楽??」と思われた方は、まずはこちらの写真をご覧ください。 その大自然から受けた感動を音楽で表現しているピアニスト、伊佐津さゆりさん。安曇野の風景にたたずむ、我々ミュージシャンたち……。

「きっとこんな大きな空の下で、北アルプスの山々を眺めながら、外でレコーディングしたに違いない!」そうイメージされている方も多いようです。しかしながら、実際には「それは無理です」(笑)。屋外って音が響きませんし、風が吹いただけでも、ブオーって音が入ってNGです(笑)。

でもでも、それほどに壮大なイメージを与えるアルバム。「心地よい空気感」、「大自然が目の前にぶわーっと広がる臨場感」をもつ“その音”は、どのようにして生まれたのでしょう。 実際にレコーディングした場所は、こちらです。

あれ・・・誰かの家??
そう。今回の主役、ピアニスト伊佐津さゆりさんのご自宅リビングです。長野県安曇野市。右手が伊佐津さん。真ん中がベーシスト安ヵ川大樹さん。そして私。
このアルバムを、私がプロデュースさせてもらうにあたり、レコーディングは今回も赤川新一さんに依頼。私のソロアルバムやDVD作品など、以前からお世話になっている日本のトップ・エンジニアです。
「どこのスタジオで録音しましょうか。」その赤川さんとの打ち合わせ。「伊佐津さんが“最も気に入っているピアノ”があるところにしよう!」との話に。ご本人からの回答は「自宅のマイ・ピアノ」、そして「地元にあるカフェのピアノ」の二つでした。

【長野県安曇野へ行って、レコーディングしよう!】

そんな結論に至るには時間はかかりませんでした。
「ご本人を東京まで呼んで、慣れない土地で慣れないピアノを弾いてもらうのは、、、どうなんだろう」
「そんな時間に追われながらの録音で、はたして“信州”の風景を切り取れるだろうか」
「伊佐津さんが暮らす、いつもの環境へ我々が出向くのが筋ですよね」

そんなこんなで、ミュージシャンとスタッフ全員が、ドラムやベース、録音機材をすべて持って大移動。そこは“一般的なレコーディング・スタジオ”とは全く違う環境。これは、我々ミュージシャンとエンジニア赤川さんの【大いなる挑戦】でした。

いよいよレコーディング開始です。
リビングに、ピアノとベースとドラムが同居する状態です。お互いにめちゃくちゃ近い!これはどういうことを意味するかというと、全ての楽器の音が、どのマイクにも“かぶる”。
“音のかぶり”を、ちょっと説明しますね。通常のスタジオ録音では、ミュージシャンがそれぞれ「ブース」と呼ばれる個室に入り、他の楽器の音を遮断した状態で行われます。「自分のマイク」には、「自分の音だけ」が入るようにする(つまり“かぶりが無い”)ことで、後ほどのミキシングの時、各楽器のバランスや音色が調整しやすくなります。
他の楽器の音はどうやって聞くのかと言うと、各ブースではヘッドフォンをして、相手の音をモニターします。他の楽器を聞き取りやすく調整できるので、ドラマーにとっては楽な環境かもしれません。ヘッドフォンの音量をドカッと上げて、のびのびと叩ける。個室なので、他から「ドラムがうるさい!」なんて言われることもない(笑)。

しかし今回のレコーディングは、そういう設備を使わないというチャレンジでした。

【どのマイクにも、全部の楽器の音が、かぶりまくり!】

ドラムがドカーーンと叩こうもんなら、ピアノやベースのマイクにも、もはやドラムの音しか入らない。ドラムの勝ち!(苦笑)いやいや、これは後のミキシングで、音量バランスを取れない状態となりお手上げ。普通のレコーディング・エンジニアはかなり嫌がる環境です。

でも、そこは日本が誇る赤川さん。もはや通常のスタジオでは飽き足りないのではないかと思われるくらい、イレギュラーなこの場所での録音を楽しんでいるご様子。「この時、ココでしか得られない音楽」が生まれる瞬間を、演奏する側も、録音する側も逃さない。ここは、一朝一夕では得られない信頼関係です。「この部屋の響きだと、どんな音が録れるのかな」と、楽しみになりました。

私のドラミングも、この部屋ならではの演奏に、もちろん変化します。ドラムの音が部屋中に飽和しないよう、適度な加減に抑えつつ、一つ一つ大事に音を出す。そんなちょっとストイックな精神状態もまたいいもんです。音楽の方向性とも合っている。やりすぎない、出しすぎない。MAXを一瞬だけに抑え、研ぎ澄ましていく。そういう演奏って、私は好きです。

【誰かが演奏ミスったら、一曲まるごと録り直し】

初日。一番、緊張していたのは伊佐津さんでしょう。自分の楽曲、自分のピアノがメインであり、メロディもソロもたくさん弾かなくてはいけない。間違えたり、上手く行かなかったら、一から全員でやり直しです。今どきのレコーディングのように、全体の演奏はそのまま採用しつつ、ミスした箇所をそのパートだけ録り直す、という技が使えません。例の“音のかぶり”があるからです。

さらには、伊佐津さんとは初めて仕事を一緒にする赤川さんやベースの安ヵ川さんが、ピアノのすぐそばにいる。しかも、みんな只者ではないオーラ(笑)。伊佐津さんは「ミスったらどうしよう……。いい演奏できなかったら、皆さんに申し訳ない。」と自分を追い込んだに違いありません。

ミュージシャンもスタッフも、みんな同じ部屋にいます。ピアノの調律師さんまでも、丸二日間、ずーっと立ち会ってもらっています。レコーディングの最中も、録音した演奏をプレイバックして聞くときも、みんな同じ部屋で一緒にいる。誰かが物音を立てたら、アウトですね。外で犬の鳴き声、虫の音なんかはたまに聞こえてましたが(笑)。

ベースの安ヵ川さんとは、実は若手の頃からのお付合い。現在では、日本を代表するホンモノのウッドベーシストだと思います。景色感のある深い“木”の音色。どのテイクの演奏も、本当にハイクオリティで素晴らしいものでした。さすがです。 我々は、「ミスできない」というプレッシャーの中、一発にかけてレコーディングしていきました。

そんな中、「息抜きの場所」には事欠きません。一歩、玄関を出れば、そこは安曇野の風景です。先に載せた三人で立っている写真は、伊佐津さんちの裏です。レコーディングの合間に、「さぁ、外に出てジャケット写真を撮りましょう」って、伊佐津さんの田んぼに立って談笑。

私は一曲ごとに外に出て、ちょっと散歩。肌を撫でてくれる、心地よい空気。壮大な山々を見渡しながら、「今の演奏の音は、この自然に溶け込むかな」などと、レコーディングの進行具合を判断していきました。


日が明けて翌日は、場所を数キロ移動して「アートカフェ清雅」へ。

明治時代から残る蔵をそのまま利用したギャラリー&カフェで、天井が高く、日本家屋の壁の響きは、自然で温かい。

【ヘッドフォンは使用せず、互いの“生音”を聞きあって演奏する】

まあ、音楽は「アンサンブル」ですから当たり前のことなんですけど。ドラマーだと分かってもらえますよね。自分の音が一番大きいので、ガシャガシャ叩けば、もう簡単に他の楽器の音が聞き取れなくなってしまう……。かといって、小音量ばかり気にしていると、演奏もドラムの音もこじんまりショボくなる。

私は、自分のドラミングは、「ダイナミクス」も一つの特徴だと思っています。音量や音質の幅が大きいということです。今回は特に、音楽の曲想からも、そういうプレイを求められていました。「優しい音」「澄んだ音」と、「迫力ある音」「音の粒子が飛んでくるような、粒だちのいい音」といった幅広い表現を、アルバムに凝縮させたいと思いました。

『周りの音をもっと聴きたい』と思った時、「周りの音量を上げてもらう」という考えが簡単ですが、私は「自分の音量を下げればいいのでは」と、よく思います。そして、今回は【“音”と“音”に隙間を与えれば、その「間」から周りの音が聞こえてくる】という「引き算」の演奏に、自然となっていました。 「音量」というより、「音質」と「間」。これを現場で実感できたのは、私なりの大きな喜びでした。

レコーディングは、基本的に演奏の手直しができないこともあり、スムースに進んでいきました。みんなで充実した時間を共有していると、自然と空気は和やかになっていくものです。談笑も大切なコミュニケーションの時間だと思っています。

アルバムには、緊張感バリバリの中で録音した曲と、落ち着いた和やかな雰囲気で演奏したものとが共存していて、それがまた、作品全体に「立体的」で「奥行き」のある印象を与えました。まさに、信州の山々のようです。

安曇野はいいですね。とにかく、気持ちいい。外に出ればリフレッシュできる、そんなロケーションでの演奏。この時代、最高に贅沢なレコーディングとなりました。


こうして長野県安曇野にどっぷり浸った甲斐あって、その空気感を見事にレコーディングできました。が、まだこれで終わりではありません。

東京に戻って、今度は坂上領くんに、フルートの音色を重ねてもらいました。私のソロアルバム『SORA』のレコーディングでもそうでしたが、基本メンバーで「せーのーで」って一緒に演奏して、ライブ感のあるテイクを録音する。そして、後から、必要な部分に、必要な分だけ、別の楽器を最小限に足していく。まるで仕上げのコーティング。そうすると、「ワクワクする勢いのあるライブ感。しかも、ちゃんと作り込まれた作品」という印象になります。

坂上くんには、ピアノのメロディが主体なので、それを包み込むような温かいフルート。「しゃぼん玉」がフワフワーと空に広がるイメージで、リコーダー(小学校の笛)の音を足してもらったり。彼とも長いお付合いですが、予想とおり、いや、予想を上回る、本当に素晴らしい音をいただきました。このフルートが入ることで、ジーンと来るメロディがいっそう泣けてきます。

そして最後に、私が一部分だけパーカッションをプラス。「Dream Map」のイントロがかっこ良くなりました。

と、これにてレコーディングは終了!
この後に、音のミキシング作業、CDジャケットやブックレットのデザインなどなど、作品が世に出るまでに、それは果てしないスタッフとの仕事があったわけですが、きっとアルバムを手にしていただいた方には、その苦労とこだわりは感じていただけますよね。

それにしても、ピアノの伊佐津さゆりさん。あのプレッシャーの中、最後までよく頑張られました!そして、少数精鋭のスタッフ。共同プロデューサーの島田奈央子さん、デザイナーの原惇子さん、アシスタントの白築大輔くん、ピアノ調理師の民部弘さん、そして、エンジニアの赤川新一さん。最後まで粘り強く、こだわりと愛情いっぱいの作品にしてくださって、ありがとうございます。 「何かを乗り越えた先にこそ、“感動”って生まれるものだな」と、そう思います。

【 Field 】

長野県安曇野で生まれ育ち、大自然の感動をメロディーで表現するピアニスト。その地に根を下ろし、「凛」と佇む、優しくも力強いその姿から、アルバムタイトルを「フィールド」と名付けました。
できれば、大音量でお楽しみください。平井景作品と同様に、音を圧縮していないので、良いオーディオ、大音量で聴けば聴くほど、世にある大半のCDとの音質の違いを実感していただけると思います。
お時間が許す限り、YouTube映像も是非!一曲まるごとお聞きいただけます。レコーディング・シーンも入っています。

「Field」Sayuri Isatsu (タイトル曲)

「ふるさと」Sayuri Isatsu (信州で生まれた唱歌のジャズアレンジ)

この音楽、ひょっとしたらひょっとして、日本をも飛び出すんじゃないかな、と感じています。いろんな「和」があれど、日本らしさを、こういう風景で表現するジャズもまた、世界に誇れる「日本の音楽」になるのではないでしょうか。